かつて日本の産業をささえた阿仁鉱山の地で地域の再生を思う

秋田県北秋田市の阿仁異人館を訪れました。
秋田内陸線阿仁合駅の近くの線路ぎわに、阿仁鉱山の歴史を伝える阿仁伝承館と共に異人館は建っています。

1979年(昭和54年)に閉山され阿仁鉱山ですが、その歴史は古く700年以上前から金山として開発が始まり1716年(享保元年)には産銅日本一となり、別子銅山、尾去沢鉱山と共に日本三大銅山のひとつに数えられています。江戸時代の中期に活躍した異才、日本のダ・ヴィンチとも言われる平賀源内がこの地に来て技術指導をしたりしています。

阿仁異人館はこの土地の土を焼いた煉瓦を使った木骨煉瓦造りという珍しい構造で、木造のベランダで囲まれた異国情緒のある建物で、国の重要文化財となっています。1879年(明治12年)に国が阿仁鉱山に招いたドイツ人鉱山技師アドルフ・メッケルらの住まいとして建てられたのですが、後に洋式建築の象徴となる鹿鳴館やニコライ堂よりも先だっそうです。

閉山されて久しく、現在は雇用の減少、若者の人口流出、高齢化という問題を抱え、それをどう克服していくのか、とても難しい問題ではあります。
しかし阿仁異人館を訪れ、かつてこの地に洋式の建物が建ち、外国人が何人も住み、鉱山が近代化されて活気を帯びていた頃に想いを馳せてみると、この地がまた活気ある地になれるはずだという気がしてなりませんでした。

確かに金銀銅で潤う時代は終わりましたがそれに変わる資源があるはずです。ただそれは天然資源とは限りません。人々が作り出すものかもしれません。当たり前にその辺にころがっているものかもしれません。もしかしたら普段はやっかいなものとして捉えられているものかもしれません。数年前までは見向きもされず今だからこそ魅力があるというものかもしれません。
様々な角度から資源を見つける取り組みが鍵であると思います。

かつての発展の地の象徴である阿仁異人館で地域再生を思いました。

投稿者プロフィール

株式会社きれい 代表取締役 柴田幸治
大手光学機器メーカー勤務後、経営コンサルタントとして2000年に独立起業。
旺盛な好奇心とちょっと変わったアイデア、幅広い人脈で、販売数100万個を超えるヒット商品や、海外のコンテストで世界一を獲得した商品などをプロデュース。
4つのきれい(くらし・かんきょう・からだ・こころ)を基にした独自のメソッドで、企業のCSR・商品開発・マーケティングを支援しています。