知覧で聞こえてきた特攻隊員の愛のメッセージ

「永遠の0」
百田尚樹氏作の小説です。岡田准一さん主演の映画を観られた方も多いと思います。

私もこの映画を観て心が震えました。
そして彼ら特攻隊員とはどのような人たちだったのか、もっと知りたくなり特攻の出撃地であった鹿児島県の知覧を訪れました。

鹿児島市からで車で約1時間半、石灯籠が立ち並ぶ並木道を抜けたその先に知覧特攻平和会館があります。
かつてこの地には本土最南端の特攻基地となった知覧飛行場がありました。現在は敷地の多くが茶畑になっていますが、今でも弾薬庫跡や給水塔跡、着陸訓練施設跡などが残されています。

会館に入ると、まず目に飛び込んでくるのが特攻隊員1,036名の遺影です。最年少17才、ほとんどが20代で若い顔ばかりです。

隊員の遺影の他、約4,500点にも及ぶ遺書、手紙、軍服や手帳、日用品、スケッチブックなど膨大な数の遺品も展示されています。

私はその中でも特に両親、妻や子供、兄弟、そして恋人にあてた遺書や手紙に心を奪われました。

彼らの遺書や手紙は、とても20代の若者が書いたものとは思えないものばかりです。筆で書かれているものも多く達筆です。「書」の修練を積んでいたことがわかります。
また礼儀正しさと品格のある言葉が使われており、高い教養を感じました。
わずか70年ほど前の日本人は、20代の若者であってもこのような品格と教養を身につけていたのかと驚きました。

そして多くの遺書、手紙に共通して書かれていることは、他人への「愛」でした。
親、妻、子供、兄弟、親戚、友人知人、恩師、近所の方など、自分を支えてくれた人たちに対する心からの感謝。
そして自分亡き後、残された皆には本当に幸せになってほしいという切なる願い。
そして3つ目が、日本が再び平和で繁栄し未来永劫に続いてほしいという未来への希望です。

私は彼らの遺書や手紙の中に
「他人の幸せのために生きることこそが人として最上の生き方であり、幸せな生き方だ」
そんなメッセージを感じました。

敵艦に体当たりさせるという馬鹿げた作戦によって散った多くのかけがえのない命。
彼らの残した愛のメッセージを私も心に刻んで生きたいと思います。

投稿者プロフィール

株式会社きれい 代表取締役 柴田幸治
大手光学機器メーカー勤務後、経営コンサルタントとして2000年に独立起業。
旺盛な好奇心とちょっと変わったアイデア、幅広い人脈で、販売数100万個を超えるヒット商品や、海外のコンテストで世界一を獲得した商品などをプロデュース。
4つのきれい(くらし・かんきょう・からだ・こころ)を基にした独自のメソッドで、企業のCSR・商品開発・マーケティングを支援しています。

NPO法人ウルシネクスト理事長