特攻隊員が見た最後の本土開聞岳にてお陰様に感謝

昨年6月に引き続き、鹿児島県知覧の特攻平和記念会館を訪れました。

前回ここを初めて訪れてから、私にとって知覧は特別な場所になりました。
秋田と鹿児島、遠く離れ、親戚も友人もいるわけではありません。もちろん縁ある方が特攻隊員だったわけでもありませんが、なぜか心惹かれるものがあります。
約1年が経って、無性にまた訪れたくなり出かけてまいりました。

2回目ということで、前回よりは少し落ち着いて余裕をもって見学することができました。

特攻平和会館の外に、三角の屋根だけをかぶせたテントのような建物があります。
これは三角兵舎と呼ばれ、特攻隊員の宿舎でした。

中に入って見ると、真ん中に通路があり、通路の両側に板張りの床があるだけの狭く質素な建物です。

各地から知覧に集められた特攻隊員は2〜3日後には出撃していきましたが、出撃前夜にはこの狭い兵舎で壮行会が催され、酒を酌み交わしながら隊歌を歌い、また遺書や別れの手紙をしたためた、そういう場所です。

多くの隊員が人生最後の数日間をこの兵舎で過ごした様子を想像し、胸が詰まる思いでした。

今回もう一ヶ所行きたい場所がありました。
それは開聞岳です。

開聞岳は薩摩半島の南端にあって、薩摩富士とも呼ばれる名山です。
実は知覧飛行場から沖縄に向けて飛び立った特攻隊員が最後に見た本土の景色が開聞岳なのです。

車で知覧からさらに南へ下っていくと、開聞岳が少しづつ大きくなって来ます。
開聞岳の麓まで行き、真っ青な空を背景に円錐形のとても美しい開聞岳を眺め、特攻隊員たちがこの開聞岳を、最後の本土の風景として見ながら飛んでいった、その心情に思いをはせました。

同時に、私はこの開聞岳を彼らとは全く違う平和な状況で眺め、美しいと感動することができる、今こうしていられる幸せを噛みしめました。

今の私たちがあるのは、幾多の先人のおかげです。
感謝の念を新たにしました。

投稿者プロフィール

株式会社きれい 代表取締役 柴田幸治
大手光学機器メーカー勤務後、経営コンサルタントとして2000年に独立起業。
旺盛な好奇心とちょっと変わったアイデア、幅広い人脈で、販売数100万個を超えるヒット商品や、海外のコンテストで世界一を獲得した商品などをプロデュース。
4つのきれい(くらし・かんきょう・からだ・こころ)を基にした独自のメソッドで、企業のCSR・商品開発・マーケティングを支援しています。