関門海峡での歴史的大事件が教えてくれた大切な意識

先日見学した江戸東京博物館の花燃ゆ展。
会場に、下関戦争で使用され、四国連合艦隊の戦利品として接収された大砲が展示されていました。

下関戦争とは、幕末、長州藩が攘夷行動として現在の関門海峡を通過する外国船を砲撃。その後アメリカ・イギリス・フランス・オランダの四国連合艦隊の報復を受けたという武力衝突事件です。

この歴史の舞台である関門海峡は、他にも源平の合戦で平家滅亡の地である壇ノ浦、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地巌流島、出光興産創業者である出光佐三氏が若かりし頃「海賊」と呼ばれる活躍をしていた、そんな歴史に関係した場所です。

花燃ゆ展を見学し、そんな関門海峡を一度訪れてみたいと思っていましたが、意外にも早く山口まで行く機会に恵まれ、寄り道をしてきました。

博多での仕事を終えて新幹線で小倉へ。在来線に乗り換えて下関まで。下関駅からバスに乗って壇之浦古戦場跡へ来ました。

ここは源平合戦の地ですが、長州藩の壇之浦砲台のあった場所でもあります。
ここから海峡を挟んだ九州側まではわずか700mほど。海峡の最も狭い場所で、長州藩の重要な拠点でした。現在は長州砲という大砲のレプリカが並んでいます。

四国連合艦隊の報復攻撃でこの壇之浦砲台は前田砲台と共に占領、破壊されました。圧倒的な外国の進んだ軍備の前に完敗した長州藩ですが、この後長州藩は武力による攘夷を放棄。逆に積極的に海外から知識や技術を取り入れ、近代的軍備を増強し、開国・倒幕へと進んでいきました。

結果として、下関戦争の惨敗が明治維新へと繋がり、日本という国の形を大きく変える一つの原因となったわけです。

明治維新についての評価は様々あると思いますが、下関戦争での敗北を明治維新の原動力に変えていったという事実にとても興味を覚えます。

失敗を冷静に反省し、次のステップの活力に変えることで成功を成し遂げる。
ビジネスにおいても、人生においても大切な意識だと思います。

投稿者プロフィール

株式会社きれい 代表取締役 柴田幸治
大手光学機器メーカー勤務後、経営コンサルタントとして2000年に独立起業。
旺盛な好奇心とちょっと変わったアイデア、幅広い人脈で、販売数100万個を超えるヒット商品や、海外のコンテストで世界一を獲得した商品などをプロデュース。
4つのきれい(くらし・かんきょう・からだ・こころ)を基にした独自のメソッドで、企業のCSR・商品開発・マーケティングを支援しています。

NPO法人ウルシネクスト理事長