戦艦三笠、東郷平八郎そして武士道

坂の上の雲。司馬遼太郎の歴史小説です。

この実話に基づいた物語をNHKのドラマで観た方も多いと思います。

松山出身の秋山真之を中心として、兄の秋山好古、友人の俳人正岡子規の3人を通じて、日露戦争に至る明治期が描かれています。

日露戦争の日本海海戦において秋山真之が参謀として乗艦したのが連合艦隊旗艦である戦艦三笠、そして司令長官が東郷平八郎です。

この戦艦三笠は横須賀市に保存されています。日本の歴史上、重要な意味を持つ三笠を実際にみてみたいと思い見学してきました。

横須賀港に面した三笠公園の一角に三笠は保存されています。

実は戦艦三笠が現在のように保存されるようになったのには、東郷元帥を尊敬する外国人の力が大きく影響しています。

三笠は大正時代にワシントン軍縮条約により廃艦となりますが、その後は日露戦争を勝利に導いた戦艦として永久保存されていました。

大東亜戦争敗戦後、三笠は連合国軍の管理下に置かれます。
ソ連は三笠の解体、廃棄を強く主張しました。この時は米軍参謀部長ウイロビー少将の説得で難を逃れました。

しかし、横須賀市が米軍の許可を得て、三笠を日本の民間会社に払い下げてしまいます。
艦内の鉄、銅、真鍮等、目ぼしいものは殆んど売却され、東郷長官室をキャバレー・トーゴーに、参謀長室はカフェにと、風俗的な施設と化してしまいました。

こんな三笠の荒廃を憂い、行動を起こした外国人がいました。

一人はイギリス人のジョン・S・ルービン氏です。ルービン氏は三笠がイギリスで建造されていた当時そこに住んでいた貿易商で、自分の住む町で三笠が造られたことに愛着と誇りを持っていた人でした。
彼は三笠の惨状を目の当たりにして憤り、ジャパン・タイムズ紙に寄稿しました。

「何という日本人は忘恩の国民なのだ。戦い敗れると、ツシマの英雄トーゴーとミカサのことも忘れてしまったのか。神聖なるミカサが丸裸となり、ダンス・ホールやアメリカ兵相手の映画館になったのを黙ってみているのか。何たる日本人は無自覚であることか」

二人目はアメリカ海軍のチェスター・ニミッツ提督です。ニミッツ提督は太平洋艦隊司令長官として日本と戦った方ですが、日露戦争直後に東郷元帥と会ったことがあり、以来元帥を尊敬していました。
彼も三笠の状況を嘆かわしく思い、文藝春秋に寄稿しました。
「どういう処置をとれと差出がましいことはいえないが、日本国民と政府が全世界の海軍々人に賞賛されている東郷提督の思い出をながらえるため、適切な方法を講ずることを希望する…」

こうしたことがきっかけとなって、日本人の間にも三笠保存の動きが強まり今日の三笠の姿となりました。

三笠というのは船であり物体ですが、この外国人のお二人が残したいと思ったのは東郷元帥を通して見えた武士道ではなかったかと思います。
武士道が廃れる事、武士道が穢される事、そして何より日本人自身が武士道をないがしろにすることが耐えられなかったのではないかと思うのです。

日本人には誇れる武士道があるじゃないか。武士道を忘れるなよ。
戦艦三笠がそう言っているように思えました。

投稿者プロフィール

株式会社きれい 代表取締役 柴田幸治
大手光学機器メーカー勤務後、経営コンサルタントとして2000年に独立起業。
旺盛な好奇心とちょっと変わったアイデア、幅広い人脈で、販売数100万個を超えるヒット商品や、海外のコンテストで世界一を獲得した商品などをプロデュース。
4つのきれい(くらし・かんきょう・からだ・こころ)を基にした独自のメソッドで、企業のCSR・商品開発・マーケティングを支援しています。

NPO法人ウルシネクスト理事長