八田與一という日本人技師に見る日本の台湾統治-台湾訪問記2

八田與一、多くの日本人はこの方を知りませんが、台湾では教科書にも載っている有名な日本人です。

八田氏の足跡を訪ねて、烏山頭ダムを訪れました。

八田氏は大正9年から10年間かけて、台湾南部の嘉南平野に嘉南大しゅうと呼ばれるダムと用水路の水利施設を作り上げました。
ダムは完成当時は東洋一の規模をほこり、用水路の総延長距離は地球を半周する長さという大規模なものでした。

嘉南平野は台湾全土の耕地面積の6分の1を占める広大な土地ですが、水利の便が悪く、洪水になったり干ばつになったりと、農民が苦労するやっかいな土地でした。
しかし、八田氏の嘉南大しゅうによって、15万ヘクタール近くの土地が肥沃に変わり、100万人ほどの農家の暮らしが豊かになったのです。

八田氏が今でも台湾の人々から尊敬される存在であるのは、優秀な技術者であることに加え、情に厚く公明正大な精神の持ち主であったことも理由のようです。

八田氏は良い仕事は安心して働ける環境から生まれるとの考えから、当時は労働力としか考えられていなかった作業員のために、日本人、台湾人の区別なく家族と一緒に住める宿舎を用意し、
さらに病院、学校、大浴場、映画館、テニスコートなどを作って、家族の生活も充実させています。

また50名以上の死者を出す爆発事故が起きた時は、事故現場で陣頭指揮を執り、原因の徹底究明を指揮し、犠牲者の遺族の長屋を訪れて台湾式の弔意をあらわし遺族とともに涙するなど、自ら奔走しています。
工事の終わりに立てられた殉工碑には、工事の犠牲者や遺族の名が、日本人と台湾人が混じって刻まれています。

さらに関東大震災が発生し、リストラを余儀なくされた際には優秀な者や日本人ばかりを解雇。
それは優秀な者は再就職ができる。そうではない者が生活に行き詰まるのを見過ごすわけにはいかないという考えがあったそうです。一方で解雇した者の再就職にも奔走しています。

八田氏はの座右の銘は「利他即自利」
官位や地位のためではなく、人の役に立つ仕事、 後世に恩恵を残す仕事がしたいとの思いを生涯貫いた方でした。

ちなみにこの嘉南大しゅうには、当時の台湾総督府の歳費の1/3もの事業費が注ぎ込まれたそうです。

日本人の植民地統治の一つの例としてご紹介しました。

投稿者プロフィール

株式会社きれい 代表取締役 柴田幸治
大手光学機器メーカー勤務後、経営コンサルタントとして2000年に独立起業。
旺盛な好奇心とちょっと変わったアイデア、幅広い人脈で、販売数100万個を超えるヒット商品や、海外のコンテストで世界一を獲得した商品などをプロデュース。
4つのきれい(くらし・かんきょう・からだ・こころ)を基にした独自のメソッドで、企業のCSR・商品開発・マーケティングを支援しています。

NPO法人ウルシネクスト理事長